とにかく考えた、事・方法論を書くことにした。

最近は雑記ばかり。サーフィンと読んだ本に関して考えた事などを書いていきます。

責任と問題の外延性。 リスクヘッジともいえる。(未完)

自分が立ち向かう事態をコントロールすることで、失敗時における自分の責任・不安感を減らすことができるはずである。それにより、失敗を恐れず行動しやすいという結果を導き、それが集団の改善行動になると考えている。


ただ、今回は失敗しない方法という意味の、リスクヘッジに傾きすぎた話である。失敗が起きた時に責任を取るとは、どういう意義がありどう行われるべきかについてはまだ考察が足りてない。とはいえ、責任が取れないから、行動できない。この意識を排除したい。



■責任をなくす=失敗をなくす方法

失敗しなければ責任を取らなくて済む。というわけで責任を感じなくてすむ方法を考えた。

1、ミッション。到達目標を掲げる
2、到達目標を明確に定義し、定義に沿った段取りに分類する。
3、各段取りに必要な要素である裏段取りを、列挙する
4、裏段取りを踏まえ、成功のための鍵や、要素の順位づけをおこなう。
5、それらの鍵を整理した図に、リスク名をつけて作成する
6、各リスクを引き起こす要因をリスク名の下にぶら下げ、対応策を考える
7、不確実性の高い防御策ならば、もうすこリスク要素自体を分析する。
8、成功するための可能性を最大に高めたら、成功した未来でのリスク。途中失敗でのリスクをそれぞれ付け足して整理する。



補足
ミッションの定義はできるだけ厳密に行うこと。これを怠ると、必要な段取りが欠ける





■責任とはそもそもなんだ?

責任とは、起きた事態に対処する力である。解決に導く力を指す。しかし、解決において非合法な方法を行ってはならない。それは、問題が起きないように生活するルールである人権や法律を破ることであり、他の問題を必ず引き起こすからだ。数珠繋ぎのように問題は続くからだ。そのため、こういった方法ではなく、正攻法で解決することを指す。おそらく、上記のように成功に導く鍵をただひたすらに守ることができたなら、それで解決する。そう考えるなら、成功に導くこと=責任ではないように思える。



やはり、上記の鍵の一つを守れなかった時や、上記の作戦中に失敗したことそれ自体が責任といえる。細分化して代替案の代替案の代替案。のような階層を限りなく伸ばせば、失敗は0に近づくが、やはり0にはならない。まして、壊滅的被害を逃れてたとはいえ、北位置を下回ることは、すなわち責任の発生と言える以上、責任は上手に対処しても発生するといえる。完璧ではないからだ。



罪を償うとは?にちかい概念の疑問である気がする。罪とは何だろう。そしてどうやれば償うことができるのだろうか。という疑問である。とはいえ、なぜ職会が高い人ほど罪を償えるというのだろうか。納得のいく説明とは言えない。



全員が上記の設計図である作戦要綱を理解した上で、かつ自由にリスクの案を付け足すことができるような組織にすることができれば、責任と行動と権限の問題は解決する。しかし、そこまで思考・思想を統一化することは現段階では難しい。やはり責任と権限というものを組織にうまく君子むことをもう少し考えるべきに思う。