とにかく考えた、事・方法論を書くことにした。

最近は雑記ばかり。サーフィンと読んだ本に関して考えた事などを書いていきます。

愛人(アイレン)を読んで  (すばらしい作品だったので自分も真剣に書こうかな。)

『愛しい』という言葉の意味を、今日初めて理解できた気がする。

お話しの説明をすると……後数ヶ月で死にゆく男と、同様に死にゆく女。その二人の出会いから終わりまでが描かれている。近未来が舞台であり、愛人(アイレン)というのは、末期患者のための慰安婦のことである。末期患者用に作られるため、その寿命も数ヶ月で終わるように設定されている。近未来らしい病名の男が、自分のために作った愛人と、死の恐怖を二人で乗り越えようとする物語である。残された数ヶ月を海の見える高台で二人きりで暮らしながら……。

愛人 上―特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)

愛人 上―特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)




死への恐怖への問答。それを癒すアイレンの彼女。
あるいは、日々の幸せを謳う彼女に癒される男。
彼女の寿命を終わらせてしまうのは、自分のせいだという苦悩。
それすらも乗り越える様、彼女が癒す様、そして男もそれをうけて彼女を癒す様



何故世界は僕を嫌うのか
何故こうも生命は理不尽なのか
何故僕は生かされているのか
何故・・・何故・・・何故・・・
それらに対する解を、拙いながらも言葉で身体でお互いに確認していく。
作り物だとわかっていても心からウラヤマシイ。ウツクシイと思ってしまった。
そして、真似してみたいと思った。冒頭の1文にそして繋がるのだ。





自分が本当に読みたかったラブコメは、この本だったと感じる。それは、愛とは何かにたいして明確な答えを出しているからに他ならない。
少女漫画は、天然系+欠点1少女と完璧超人の男が存在するだけで、要は、女の子の心にある私を救ってくれる白馬の王子様幻想をくすぐるだけのものでしかない。(最近は完璧超人の項目にお金持ちであり将来的に人生を保証するという条件が加わったようで腹立たしいが・・・閑話休題
少年系のラブコメもそうだ。誰でも手に入れられるような、”やさしさ”だけが取り柄の男が、いろんな少女から求愛されるばかり。一番だれもが勘違いしやすい部分。自分は他の奴よりそれを持っている。自分でもやさしくはなれる。そういう安直に自己を肯定したい心をくすぐるだけでしかない。読者が読み解くやさしさも間違ったやさしさであることが多いし。


きづきあきら・サトウナンキ作品も、愛について何らかの答えをだそうとしている点で好きだ。ただ、自己嫌悪(失敗)しか語っていない点で、不十分だと思う。愛を鏡にする → そうすると失敗する。(メイド諸君より)論理学でいうところの、裏は真ならざるなりだ。愛を鏡にしない → 成功する。これは真にはならない。解(真)を提示してはいない、そういう意味で不十分だと思っている。(ではどうするかという問を与えてくれるだけでも、十分価値がある良書ではあると思う。)



漫画論・文化論的な話に入り始めたが、辞めておく。
『愛しさ』とはどういうものなのか
『愛』とはどういうものなのか。
この答えを……見つけた真理を言葉にして、だれかの心に刺さればいいと思う。
とはいえ漫画論に逃げたように完全に整理はされていないので、まだ書けない。
あるいは、次の書き込みで書こうと思う。1書き込み、1テーマ。