とにかく考えた、事・方法論を書くことにした。

最近は雑記ばかり。サーフィンと読んだ本に関して考えた事などを書いていきます。

コミュニティの限界 あるいは集団の限界 Ψ

集団は2つの形態がある。1つめは、目的達成型。2つめは、コミュニティ型(仲良くするための集団)。どちらにせよ、コミュニティ的な側面、つまりコミニケーションの側面はかかせない。


人間はコミニュティを持っている。それは、日々の雑談をしたり、考えたことについて意見交換したり、悩みを伝え合ったりする空間だ。コミュニティというものは人間のコミニュケーションを条件に成立する。そのため、コミニュケーションの限界ゆえに、コミニュティの活動には、人数の制限が必然起きる。


■コミュニティのコミニュケーションの限界

自分の存在価値が、そのコミュニティ内で認められるかである。

普段のコミュニティでこれを脅かすのは、
1,発言のスルー・無視
2,確立したルールと、そのルールの絶対性


●1について、
人数が多くなればなるほど、話題や議題の提案者は増える。自分だけでなく皆も好き勝手に発言する。すると、面白くない発言や価値がないと思われる発言は無視され、他の話題に皆の話が集中する。こうして、自分の発言(価値)が無視されると、今居る集団・コミュニティをやめたくなる。


●2について
コミニュティには、暗示的なルールや決まり、文化が形成される。例えば、新着記事を投稿するときには、綺麗な写真を添付するとか。人数が多くなればなるほど、その決まりは自分の知らないところで決定され、自分1人では変えられないものとなる。美味しいグルメをレポートするコミュニティまでは共感したが、写真のルールには上手く適合できないとなると、自分の好みややり方という価値が無視され、やめたくなる。


■この話の先

掲示板サイトや、投稿サイト、社内コミュニティなどの作り込みに利用したい。参加者全体の活発な利用を促進したい。つまり、利用適性人数を視野に入れ、大きな円の中に小さな円がいくつも存在するような構造体への変化である。そもそもだれかの一発言が、全員のトップぺージの一番上に来る必要はないし、コメントする内容が浮かばないような専門外の人が共有する必要はないのである。掲示板のツリー形式、なんたら形式などいまいった発想がすでに現れてはいるが、根本的にたりないようにおもう


上の2条件を満たしつつ、どういう構造体(階層づくり)とそれを具体的にシステムレベルに落とし込む方法を見いだせてはいない。要研究。